台形のパッチワーク






孫娘たちが生まれたときに。

たまたま二人とも名前に色が絡んでいた。

一人の孫はピンク。




そこで、パッチワークで肌掛けを作ってやった。

もう要らないからと戻ってきたので、一言。



パッチワークピンクの



長年の経年劣化でほつれがいっぱい。

これは偏にわたしの縫い代ミス

足りませんでした~



アップピンク 台形の



2X3センチの台形。

これはナインパッチよりも凝って見えるので挑戦。

ひたすら縫う、縫う、縫うのです。




中に芯を入れ、裏布でくるんでキルト。

額縁もちゃ~んと縫えましたよ~




で、洗濯をしてほつれを繕って、、、、

今ではソファで使っている。




重宝、重宝!





因みにもう一人は緑色が関係している。

もちろんパッチワークで縫ってやったが、ベビー用で小さい。

部屋にタペストリーとして飾っていたが・・・・・







今はどうしているのでしょうねぇ?











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和の感じでまとめてみました



和風のパッチワークに挑戦!

ある名誉ある賞をもらった従姉に膝掛けを贈ろうと思い立って。




一人っ子のわたしには姉のような存在で、慕い憧れたものだ。

遠く離れて住んでいたし、しょっちゅう会っていたわけではない。

それでも何度か東京の大学から帰省するとき、途中下車して寄ってくれた。

中学生だったわたしは従姉の一挙手一投足を見守って尊敬!




お古の洋服が回ってきたときは、しばし眺めてうっとり……。

胸周りが大きすぎて困ったことを覚えている。




パッチワーク


サイズは 6x10 センチ

ベースに和服の残り布を使う、もちろん買い足したほうが圧倒的に多いが。


パッチ2



パッチ3


母の羽織、夏の呂の着物地も見える。

特大版の膝掛けなので炬燵で転寝をするときにも役立つし、、、、、。

あ、従姉は転寝などしない人だった……。




わたしは炬燵があると転寝をしてしまうので、冬の風物詩はとっくに廃止。

海外にいたころ娘たちがよく話していた、「炬燵でみかんが食べたいな」と。

海外に住んだ後はやたらと和風の家が恋しく、家を建てるなら純和風で!

そう、家の周りに白壁に瓦を載せた塀を、、、、。




空想はエスカレートし、三階部分を天守閣のようにしてみたい。

門からは和風庭園を眺めながら歩き、横にそれれば枝折戸から茶室へ。




なーんて、和とも洋ともつかない家のソファに座り夢見ている。

もう宝くじにでも当らない限り、この夢の実現はない。

ましてやくじを買ってもいないのに、ね。 ふーっ!






我流パッチワーク作品 



パッチワーク


1枚の布が15x10センチ

一枚仕上がるとまた残り布に買い足してまた作る、負の連鎖……。

完成よりも縫う作業が好きで、何となく作った一枚。


PW.jpg


細長い布に囲まれているラインの布はローラアシュレー。

インテリア用の布はしっかりしている。








PW小


残さねば との覚悟で「思い出」を意識して自宅用に作ったもの。 一枚の大きさは5x5センチ

夜となく昼となくこの 継ぎ接ぎ が目に入ると思い出がよみがえる。


PW部分


レッスンバッグ、学校で使う座布団カバー、ピンクの無地はかつての枕カバー。


和服柄


菊の花柄の部分は和服地。

わたしの単衣の着物の残り。 着物は2度着ただけでタンスの中に、、、、。


レッスンバッグ


かばとかに の布は子供たちが小学生のときの防災頭巾の残り。

まだまだ、わたしの娘時代の洋服地、フラのスカートの残り、、、、などなど。





孫たちが「これは? ねぇ、これは?」と布を見て母親に聞くことも。

現在は夫がくるまってソファ用に使っている。

派手な色だけに元気が出そう……。

退職後のオトウサン、頑張れ!!







届いた贈り物 パッチワーク


小学校6年生のときの同窓会に出席した。

わたしは転校生で半年しかいなかった学校だったので懐かしく嬉しかった。

ついでに大学時代の仲良しだった友とも連絡を取って逢うことに。

飛行機に乗って出かけるくらいの遠さである。




ホテルに来てもらって朝の10時から夕方までのお喋り。

3人仲良しで、二人は近くに住んでいるがそうそう会うわけでもなく、わたしの都合

次第で会えるのだと笑っていた。




このとき器用子さん(仮名)の提げてきたバッグに話題集中。

「色が素敵だわね」

「昔から器用に手芸をしていたものね」

などと二人して褒めちぎることしきり。

「売れるんじゃないの」

「お金をもらっても売らない。 面倒くさいのに売るなんてとんでもないわ」




またの再会を約束して別れた。

忘れたころ器用子さんから荷物が届いた。


パッチバッグ


パッチバッグ2



売らないって言っていたのに……。

胸にジーンと来た。

あのとき褒めちぎっていたものと似ている。




早速お礼の電話を。

おひさま、観てる?  あの3人がトイレで友情を誓うところ、あれわたしたちの

思い出と繋がらない?」と彼女が言った。

そんなことあったかしら、、、、?




思い出は覚えている場面が人によって違うのだ。

3人で会っていたときもあれこれとチグハグな思い出が交錯した。




パッチワークは布で決まるといっていた彼女。

ユザワヤに行き、彼女好みの布を選んで送った。

喜ぶ顔が、驚く顔が目に浮かぶ、、、、、。




何年かに一度しか会えないが歳を取ってからは間が近くなってきた。

訃報を聞くことも多くなってきた昨今、会えるときには無理をしてでも会わないと。




それにしても器用子さんにほしいって請求してしまったのかしら……。

申し訳なさもちょっぴり感じました。






カラフル思い出つなぎ……


我流パッチワークと言うと聞こえがいいが、物知らずパッチワークと言ったほうが

適切かもしれない。

自作の肌掛けの洗濯をし、浴室に干したのを見ていると写真に撮りたくなった。



パッチワーク


いつもは四角い布を接ぎ合わせて横一本にし、それを上下につないでゆく。

写真は白い30センチ角の台紙的な布を用意し、一枚ずつデザインに沿って布を接ぎ、

集まったところで仕上げに。

デザインを描いて作ったのはこれだけ。 (デザインだなんて大袈裟な……)

この方法だと小さな布だけを持って移動もできるし、テレビを見ながらでもOK。


パッチワーク?


手持ちの布に合わせて小花柄を買い足した。

肌掛けとして使っているが、肌触りがとてもよい。


パッチワーク?


この水玉の布は18歳の夏に作ったワンピースの残り布。

しっかりとした木綿で、アイロン掛けの必要もない優れもの!





布遊びが好きなくせに本格的に学ぼうとはしない怠け者のわ・た・し。

それなのに布を見ていると何かをしたくなる。

手持ちの布を生かすために、買い足す布のほうが多くなり、また布がのこる。

買い足して新作を縫い始める……。  これを称して 悪循環

こうして作った肌掛け、孫のお包み、膝掛けが17枚。





ランダムにつないでいったパッチワークは布から思い出がよみがえる。

でもね、裏側はとてもお見せできませんのよ。







我流で布をつないだだけです


ヒューストンにいたときに家族ぐるみで親しくしていた方の家を訪ねた。

お暇するころは思いのほか寒くなり、奥さまが心配して肌掛けをくださった。




「母が縫ったものなの。返さなくていいのよ」とパッチワークの肌掛けをフレンが。

「そんな、大切なもでしょ。あとでお返しするわね」

「いいのよ。たくさんあるから。 母は1週間で1枚は仕上げる人なのよ」




1枚のピースがおおよそ10x8センチくらいだったか????

小さな長方形の布をつなぎ合わせただけのプレーンなもの。

その1枚は長女が嫁ぐ時に持たせた。




まさに 残り布 を利用したもので、わたしから見ると古きアメリカの匂いがした。

裏打ちの布はブルーだったので、それに合わせた大きさで裏を赤にして1枚縫ってみた。

誰に教わったわけでもなく勝手につないでいっただけ、、、、、。

使用した娘たちのドレスの残り布、わたしの洋服の余り布、母にもらった端切れ。

思い出の寄せ集めのような肌掛け になり、これも持たせた。




アメリカが開拓時代、貧しく、全てが不足していたときに女性たちが縫ったパッチワーク。

着古した洋服をいろんなものに作り直し、最後に小さくなった布を集めて継ぎ接ぎし、

作り上げたのがパッチワークである。

村の娘が嫁ぐときには近所の女たちが布を持ち寄り、幸せを願って一枚いちまい

縫い合わせて贈った。




アーミッシュ村を訪ねたときにベッドに掛けられていたパッチワーク。

やはり小さな端切れをつないだだけの素朴なものだった。

現在ではパッチワークは芸術の域にまで達したものもあり、それはそれで

素晴らしいが、原点はフロンティア精神にある。


      参考:アーミッシュ村についての過去記事は→こちら



寂しいとき、考え事があるとき、この簡単な作業は打って付け!!

何度かデザイン性のあるものにも挑戦したが、わたしは四角をつなぐだけ

のものが好き。 簡単ですもの!


ひざ掛け母

母ひざ掛け2


母へひざ掛けとしてプレゼント。

作りながらデザインが出来上がってゆくので、最終的にひざ掛けに。

我流だが楽しさは最高!





パッチワークをするときはいつも専用の作業室がほしいと思うのであります。






プロフィール

白秋マダム

Author:白秋マダム
 
海外生活17年間の思い出と、
時事雑感、日々の暮しについて
エッセイを書いています。

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