アリゾナの町、ページの教会群は印象的

アリゾナ州にある ページ(Page) という町。

50年以上前、グレン渓谷ダム を造ったときに、関係者が住む

ために拓いた町である。




次の転機は1970年から1975年にかけて行われた大工事。

石炭を燃やすナバホ発電所を建造するため、また人口の流入

があった。

茶色のはるか見渡すナバホインディアンの居留地に、二つの

工事でページという町が出来上がった。




バスで町の脇を通りがかったときに印象的な光景に。

なんと協会が次々に現れる、、、、、、。

往きに見た教会群。

数えると8軒も。 (教会の数え方、分かりません、、、、)

これはなんとしても写真に残さなければ……。

そこで、カメラを構えて復路バスの中からシャッターを切った。

動いていたので上部がカットされ、クロスがみえないものも

あるが、ごめんなさい、です。





教会


教会2


教会3


教会4


教会5


教会6


教会7


教会8


バスの右手に見えたもの。

順番にずらりと並んでいたので驚いた。

まさに、何もない地に計画的に建てたのだろう。

いろんなキリスト教の宗派の教会があり、それだけ信仰も多岐に

わたっていたと思われる。






西部開拓史にあるような話が現代でもあった。

先ず男達が住み、家族を呼び、学校と教会を造る。






ページはボート遊び、自転車のサイクリング、写真愛好家、芸術家、

もちろん観光のための旅行者の、人気スポットの中心にある。

ここで宿泊、食事、インディアン クラフトなどのお買い物を、と

パンフレットにあった。

どうぞ!!!








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驚異の峡谷、アンテロープ!


グランドキャニオンは3回目だったし、過去にはレイク パウエル、

ザイオンも行った。

今回初めての場所が アンテロープ

目にしたのも初めてなら、耳にした名前も初めてだった。





アンテロープジープ 


ページという町の駐車場でバスからこのジープに乗り換える。

1台にツアーの19人と添乗員とガイドが乗り込み、舗装もされて

いない道に入り、土ぼこりをあげながら進んだ。





乗り心地?

悪い!!

バウンスどころではなく、ベンチシートの上でトランポリン。

わたしは腕と足で身体を支えて、立ち気味で耐えた。

翌日肩と背中が凝って、凝って、、、、、。

これが、わたし一人だけというのも、何??

みなさん、車の跳ねるがままに身を任せていらっしゃったそう。





出発前の手引書では、マスクやショールなどの携行を薦められた。

わたしは大きなつばの帽子をハンカチで口元から後ろに縛った。

ツアー仲間は、特に女性たちは何事?の集団に。

    
    補足:エジプトでもあまりの暑さに帽子、サングラスにハンカチで

       顔を覆った。 まるで強盗の集団のようだった。



わたしたちを見た他の外国人(日本人以外)たちが驚いた様子。

なかには写真を撮らせてくれとの注文まで。

他国の方々は普段どおりの格好でお出まし。

なんと、なんと、わたし達のガイド氏だけがレインコートを着用。





入り口アンテロープ


アンテロープの入り口


ガイド、アンテ


中に入る前にジープの運転手(ナバホ インディアン)が笛を吹いた。




さあ、中へとご案内です。

説明は不要でしょうから、、、、、。




アンテロープ


アンテロープ2


アンテロープ5


アンテロープ3


アンテロープ4


あんてろーぷ6




風や雨にいかにも弱い砂岩。

雨水は鉄砲水となって岩肌を削るようだ。




カメラを砂で壊した方もあった。

入り口から入ってすぐのころは風もなく穏やかだった、、、、、。

途中から砂の雨に見舞われた。




レインコート着用が正解!!!

メリケン粉(小麦粉)のような細かい粒子の砂が上から降り注ぐ。

オシャレなストールなどなんの役にも立ちません。

わたしの日除けを兼ねた黒の上着のフードの中には砂がたまっていた。




よくしたもので、帰りのジープのトランポリンで遊んでいる間に、

風に吹かれて砂はすっかり取り払われた。




閉所恐怖症のわたしは、真ん中辺りで帰りたい、ここから出たいと

ずーっと念じていた。




北アメリカ、いえアメリカ大陸には不思議を満載した場所がたくさん。

天文学的数字を刻む造形物とスケールの大きさに己の卑小な

存在を思い知る。






気の遠くなる時間をかけ、雨と風が作った作品群



monument とは記念碑、記念建造物、遺跡、遺物と辞書にある。

ユタ州とアリゾナ州にかけて広がる不思議な遺跡、自然の造形物

モニュメントバレーへと出発!



バレーモニュメント


わたしたちのバスはいよいよモニュメントバレーに近づいてきた。

門の代わりのように左手に立ってお出迎えしてくれているのが ”ふくろう” 

のモニュメント。





2億7000万年前に地殻変動で盛り上がってできたコロラド高原。

そこを長い間かけて雨風が地質の弱いところを削り、風化、浸食によって

できたのがモニュメントと称されるビュートたち。

まだまだ風化浸食は進み、遠い将来、はるかなる未来にこの場に

立ったなら、この光景はまた異なる景観を見せてくれるのかもしれない。




ミトン


ミトンという名の通り、両手に手袋をして広げたよう。

小さく写っている車、ジープに乗ってモニュメントめぐりに。





昔LAからたまたま来ていた兄弟がこのモニュメント群を見つけた。

この地に住みたいとナバホ族に掛け合ったが断られる。

そこで天災などで苦しんでいたナバホと交渉をし、物々交換的な

商売を始めた。

これは大成功だった。

兄弟は写真を撮ってLAで紹介、これらが ジョン・フォード 監督の

目に止まったのである。





それからは数々の映画がここを舞台に作られた。

テレビの CM も多い、タバコのマルボーロ、マンダムなど、、、、。

      (少々古い情報で失礼)





1950年代、ネバダ州では7年間にわたり、核実験がくり返し

行われた。

当然恐るべき死の灰はこの谷にも降り積もっていた。

ここで土ぼこりを舞い上げて行われた撮影は、その後多くの俳優

たちが癌で亡くなったのと無関係ではないと思われている。





姉妹


「三姉妹」といわれるモニュメント。

左と右側が背中合わせで反対を向き、真ん中に小さな妹が。

そうかしら????

またの名を「ウエルカムビジター」。

青空を切り取って、左に W 、右に V 。

なるほど、なるほど。





モニュメントバレー2


回り込んだり、間を抜けたりし、いろんな角度から眺めた。




風と雨が作り上げた作品はウエブでたくさん紹介されています。

素晴らしい写真はそちらでご堪能なさってくださいね。





駐車場のアートに乾杯!


ネバダ州のメスキートという町でバスは休憩。

     参考までに英語では Mesquite,Nevada

ラスベガスまで2時間という、アリゾナとネバダの州境に位置する。

一人バスに残っていたわたしは窓から駐車場を見ていた。




駐車場


亀裂の入ったアスファルトを補修してある。

ここまではよくある光景だが。


駐車場2


でも、よく見ると あまりにも細かすぎません?


駐車場3


そこでバスを降りていって確かめた。


駐車場4


補修以外に誰かが楽しんで駐車場をキャンバスに見立てて楽しんだのでは!?

粋なお人がいたもんだ、、、、、。

それを許可した現場監督にも乾杯!

メスキート万歳! 

この駐車場ゆえ忘れられない町となった。




古きよきアメリカの名残り、ルート66


ラスベガスからグランドキャニオンへ向う途中 ルート66 を通った。

日本にテレビが普及し始めたころはアメリカのホームドラマがワッと

押し寄せ、日本中が同じ番組を観ていた。




「ルート66」は音楽と共にその番組を共有していた人たちに、共通の

郷愁をもたらす。

シカゴとサンタモニカを結ぶ路線、多くのアメリカ人も番組を観た。

そして太陽の降り注ぐ、何か楽しいことがありそうな南カリフォルニア

に憧れた。

アメリカ人は「カリフォルニア ガール」と聞くと一定のイメージを抱く。





66沿いの店


今は寂れた道沿いにあるレストラン。

「ロードランナー」とは鳥の名前で、とても速いスピードで走る鳥。


カップ66


夫が記念に買ったマグカップ。


オールドカー


近くにはこんなクラッシックカーが停まっていた。






もう一つ、どうしても気になり、ブログに載せたかったもの!


灰皿


グランドキャニオンのマーサーポイントにあった灰皿。

灰皿のあるところでタバコを吸うのはいいが、その他の場所は禁止。

広いひろい国立公園で、レンジャーの数だけでは監視は追いつかない。

山火事が発生したら大変なことになる。

      「タバコのポイ捨てはやめましょう」

松林も何箇所も意図的に焼いて、火事の延焼を防ぐ処置が。




上にある穴に灰を落とし、吸殻も入れる。

左の石のベンチに腰掛けて入れ替わり、立ち替わり吸っていた。

強風にも倒れる心配はないし、いいアイディアでございました。





いよいよグランドキャニオンの夕日

グランドキャニオンのあらましのご紹介

       サウス・リム・・・・・・年間を通じて開かれている

       ノース・リム・・・・・5月中旬から10月中旬の間だけ

わたし達が行ったのはサウスのほう

       平均海抜2300メートル以上

       コロラド川は下方1500メートルを流れている

       
地質学的に

       露出している岩の新しいもので2億7000万年前に形成された。

       底のほうで最も古い岩は18億4000面年前のもの


なぜ峡谷はあのように深くなったのか

      ロッキー山脈南部の西側の斜面を流れた水が砂と砂利を運び、

      岩層を削り続けた。

        補足:カナダのどこだったか覚えていないが、すごい勢いの水流が

            ごうごうと水しぶきをあげて流れているところの脇を通った。

            まさに岩肌を削る様を見たのである

            このときグランドキャニオンもこうして掘り下げられて

            いったのだと容易に想像できた。

       
       



夕日グランドキャニオン


岩山の端に沈む夕日、グランドキャニオンの夕焼け

翌日の午前4:30集合の朝日鑑賞はスキップ!





レストラン


その後の夕食は エルトバ ホテル にて。

ここの宿泊予約は3年後までびっしり満室だそう。

今上天皇が皇太子時代にご夫妻でお泊りになり、エリザベス女王も

宿泊されたという由緒正しきホテル。

ここのスイートのベランダからリムが見えるので夕日もOKかも。


看板


1905年に完成したホテル、その看板。

ロビーから四方に連なる場所へのエントランスの上部にエルク(アメリカ アカシカ)

の剥製がいくつも飾ってあった。

ドライブの途中でもエルクを見かけることができた。

トナカイのような角は毎年自然に抜け落ちてしまうとか。




グランドキャニオンチャージャー、


ディナーテーブルのチャージャー。

ホテルの看板と同じ紋様がお皿に描かれている。





お食事が終わる頃、傍を通りがかった高齢のご婦人が立ち止まり、

「あなた方は日本の方ですか」に始まって、

「わたし達アメリカ人はみんな今回の日本の惨状に心を痛めて

います」と、1分間くらいのスピーチを。

話の内容は誰しも見当がつき、一堂 サンキュウ とお礼を述べた。





異国の地で見知らぬ人が日本を心配してくれていることを実感し、

先の見えないトンネルの中に置き去りにされたような現状を、誰が

いつ打開してくれるかと暗澹とした気持ちになった。




お土産はナバホの腕輪です

家族の誰かが旅行に出かけると無事を祈りつつも、帰りのお土産に

期待してしまう。

「どうしても、と買ってこなくてもいいのよ。これこそ○○にぴったり!という

物があったときには買ってきてね」

これが わたしのいつもの台詞。




今回はわたしがみんなの顔を思い浮かべながら選んだ。

年齢を重ね、いつしか贈られるよりも贈るほうに悦びを

感じるようになった。




腕輪R


長女へ。

男女雇用均等法のもと、ばりばり営業をしていた彼女。

クールに仕事をしていたのにウォームな心の持ち主。




ミー子


その娘、中学2年生。

学校へもブレスレットをつけて行ってもいいので、これにした。

いろんな色があるので、どんなTシャツやタンクトップがきても似合う。




ゆ


次女へは夏から秋へかけて愛用できそうなものを。

あげたその時からいつも身に着けてくれている。


拡大ゆ


このガラス細工!  薄紫の玉!





ミー


次女の娘、小学5年生。

学校には着けていかれないが、アクセサリーに興味を抱く年頃。

コレクションの仲間に入れるそうで、ちょっぴり張り込みました。




ミーネックレス


これも次女のほうの孫娘へ。

留守中、犬のカールの世話を頼んだので。




どれも値が張るものではないが、それぞれにぴったりだった。

ホホホ、母親ならではの選別眼!!!



ナバホ インディアンのジュエリーでした。





ハーレーダビッドソンでツーリズム

1969年製作の映画「イージー ライダー」でロケ地としても有名になった

アリゾナ州。

茶色の大地が広がる中、一本道が彼方まで見え、バスの傍をライダー

たちが追い越してゆく。

ハーレーダビッドソンのツーリストが多いようだ。

30数年前はハーレーと YAMAHA が覇を競う二大ブランドだったが。





ハーレー

バスが休憩地で止まったときにバスの中から撮影。

ハーレー2

年齢層は高く、女性もいる。

ハーレー3

すべてがハーレーに乗っているのかどうかは判らなかったが、、、、、

ハーレー4

こちらはロッジ前に停めてあったもの。

詳しい方が、ハーレーは200万円はする、と。

アメリカは車社会なので、自家用車のほかにオートバイも持っているわけで、

若い人がいないのも頷ける。

ハーレー5

ピッカピカに磨かれているのが印象的!

お気に入りは大事に使いましょう、を実践しているのか、、、、。





ハーレー6

ラスベガスはベネチアン ホテルのお店のウインドウ ディスプレイ!

ライダーたちの数の多さがうかがわれる。




ラスベガスの目抜き通りにハーレーダビッドソン・カフェがあり、飲食の

他にも小物、バイクアクセサリーなどを置いているようだ。




父がまだ車を買う前に、「ダグラス」のオートバイに乗っていたので

ついつい懐かしくてパチリ。

子供だったわたしは、その巨大さが怖いくらいだった。

よく父のオートバイ談義を聞かされたものだ。





グランドキャニオンは松ばかり!

ラスベガスの空港から一路アリゾナ州にあるグランドキャニオンへ。

6時間のバスの旅だった。

添乗員さんは丸顔の可愛らしい感じのよい人。

現地のガイドさんは説明が国語辞書のようで、わたしとしては百科事典

並のものがほしかったのに、、、、、、。




マーサーポイントで降りて雄大な景色を眺める。

最初に来たのは30年前。

8人乗りのセスナで渓谷の上を遊覧した。

娘とわたしはほとんどの間眠っていたが。

同乗のイギリス人家族が、「あなたの家族はお金を捨てたようなものだね」と

夫をからかった。





二度目が15年前。

このときは長女と3人でラスベガス発のツアーに入った。

毎日見ても、刻々と変わる景色に飽きることはないと言ったガイド氏。

でも大きな感動は最初だけだった。

むしろナバホ族のインディアンが作ってくれた昼食がとても印象に

残っている。

ほんの十数人で素朴な木で作られた食堂セットに座り、互いに

「ナマステ」と挨拶して始まった食事。

   訂正:親切なブローガーさんからのご指摘。

       「ナマステ」はインドの言葉で、アメリカ・インディアンのものではない。

       わたしの記憶違いでした。 ごめんなさい。

建物は無く自然の中、強い日差しの下、風に吹かれながら食べた。




グランドキャニオンの説明は雄弁なブローガーさんにお任せし、感動的な

写真もプロ並の腕のブローガー諸氏に委ねて、わたしの感想を……。

松が、あるいは松ばかりが生えていたといっても過言ではないほど。

日本で見るものとは異なる松にカメラを向けてみた。


松


松2


松3


松4


松5



現地では ヤッカ と呼ばれる背の低い、可愛い感じの松。

パイナップルを想像し、そうだあれも松の仲間かも、、、、と一人決め付けた。




カナダを寝台車で横断したときに、車窓から見えたのは杉、すぎ、スギ!!!

始めはじっと眺めていたが、すぐに飽きてしまった、その思い出とダブる。








プロフィール

白秋マダム

Author:白秋マダム
 
海外生活17年間の思い出と、
時事雑感、日々の暮しについて
エッセイを書いています。

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