FC2ブログ

白川郷の合掌造りの家



いよいよ白川郷へ。

教科書にも載っていた合掌造りの家。

一度見てみたいと長年思っていた。




狭い日本の中でも地方には地方の独特な家がある。

家というより家構えといったほうが適切かもしれない。

合掌造りをこの目で見てみたい・・・


合掌造り


国の重要文化財である「和田家」を見学。(写真とは異なる)

この辺りで最も部屋数が多く、14室。

2階から上が養蚕に使われていたという。

土地が狭く、寒い土地なので家の中で生業を営んだのが、この不思議な

形の家となった。


コスモス


秋らしくコスモスが咲き、その向こうに納屋のような建物が。

1枚の絵!!


民宿


こんな民宿も


白川郷


展望台より白川郷を望む。





藁葺きの屋根は30ー40年に一度葺き替える。

100人から200人の村人が相互扶助の精神で葺く

たったの一日で作業は終わるという。

ところが最近では人手が足りなくなり、業者に依頼するようになった。





3ヶ月かかるそうだ。

費用は1,800万円!

でも大丈夫、国と県が9割を補助。





高山もここ白川郷も海外からの観光客が目立った。

写真では好きな景色だけ撮り、写したくないモノはカット!!

実は失望するようなモノがすぐ横に在ったりするのだ。





エジプトのピラミッドのすぐ傍にはそんな景色が広がっていた。

常に、写っている対象物と同じものが続いていると勝手に想像して

いるのは わたしだけだろうか・・・










高山陣屋




自由時間が短いため急ぎ「高山陣屋」へと向う。

ここは日本で唯一現存する郡代・代官所である。

元禄5年(1692)に幕府の直轄領となり、代官や郡代が住んだ。




陣屋にはほかにも 城郭のない小藩の大名の居所 という意味もある。

江戸時代は守るに固い城を持つ必要はなかった。

天守閣などない陣屋も城といえば城である。


陣屋絵図


最初はもっと広かったがいろんな事情で規模が縮小されたそうだ。


陣屋見取り図


右側に門があり、真直ぐ進むと玄関

左下の大きな「御蔵」とあるのが年貢米を保管していた場所。

現在は資料館として使われている。


畳廊下


畳廊下

着物の裾を引いた女性の姿が浮かぶ。

もっとも ここは公宅なので家族が住んでいたか否かは判らないが。


白洲


刑事犯を裁くお白洲。

というよりは拷問部屋のような様相。




屋敷の中を歩いて、やはり・・・と思った。

入り口や詰め所などが身分の違いで分けられ ていた。

一番上の人は下の人と顔を合わせることもなければ口もきかなかった。

いまでは考えられないほど区別はきっちりとつけられていた時代である。




数年前 坂本龍馬を主人公にした大河ドラマがあった。

その中で 下級武士と上級武士の葛藤と身分差別 を映像として

目にすることができた。

上士、下士、郷士の身分の違いを知っていれば、若者たちを

明治維新へと駆り立てた気持も理解できようというもの。




日本を何とかしなければならないと考えていたのは上士も下士も同じ。

ただ生活に困窮していた者のほうが、より改革を強く求めたのか。

維新後に新政府の高官たちが藩邸を没収して移り住んだ。

もともと 大名の上屋敷は幕府が藩主に与えた もの。

役宅と考えればそれまでだが、西郷隆盛だけは固辞したという。




坂本龍馬だったらどうしただろうか。

それでもまだ余った大名屋敷を茶畑にしてしまった損失や如何に!







飛騨高山 八幡祭




岐阜国体が開催されるとかで道路沿いに花が植えられているのに気付く。

10月10日は高山祭のうち 秋の八幡祭 。

日本の三大美祭の一つに数えられている。

前もって情報を持っていなかったが訪れた日は「高山祭」の宵祭。

昼間しかいなかったので見られなかったが、屋台は10台見ることができた。


高山山車
  鳳凰台


彫刻、漆箔、カザリ金具など動く芸術品である。


民家


街の民家も幔幕を張って一役買っている。


民家2


ゴミ一つ落ちていない綺麗な町という印象。

道路は整然と区切られ、川に掛かる橋が目印となって判りやすい街並。




高山に入る手前の道路わきの家々の軒先にも植木鉢の花が飾られ

すっきりとしていた。

訪れる人たちを迎える、おもてなしの心意気が見てとれた。







下呂温泉に泊まる




「ゆったり旅」というキャッチフレーズのとおり3時半にはホテルに。

宿はおもてなし名旅館だと名高い下呂温泉の「水明館」。

名旅館でも部屋はいろいろあるわけで・・・

本館から 二度と戻れないのでは と思うくらい遠い部屋へと案内される。




温泉に入る元気もなく夕食までぐっすり。

同じ時間乗るにしても列車のほうが楽な気がする。

座席にシートベルトをして座っているのと、天井の高い、歩こうと

思えばウロウロ出来る条件の違いからくる差だろうか。




花餅


レストランにあった「花もち」の飾り


ハナモチ アップ


触ってみたくなるような……


ハナモチ 由来


由来のとおり。

子供の頃のお祭りで、またお正月飾りで発泡スチロールのような

モノで作った紅白の珠を連想した。




この旅館には美術品が多く展示されている。




個人的には小さな和風旅館に徹したところが好きだ。

萩で泊まった「北門屋敷」がよかった。

これも年のせいか、日本家屋が落ち着くし日本料理が何よりいい。







昼食は蕎麦屋で



東京を通り抜け山梨県を越え、長野県をひた走り・・・

昼食を取るために一軒の蕎麦屋へ。

いつもはバスの団体客は受け付けないのだとか。


蕎麦や


すでに用意されていた野菜の天ぷら添えのざる蕎麦が出た。

蕎麦が固くて鳴物入りほどではなく、、、ちょっとがっかり。


恵比寿ビール ラベル


店内の壁に恵比寿ビールのラベルが古い順に飾ってあった。


ラベル


明治23年とは!

その頃にビールなるモノが市販されていたとは!!


蕎麦屋の椅子


この店で印象的だったのは長椅子。

端が斜めに切ってあり、奥へと進みやすくなっていた。

このアイディアは初めて。パチパチパチ







飛騨高山と白川郷へ



ルリマツリ
   ルリマツリ(プルンパーゴ)


タマスダレ
   タマスダレ




異常な暑さと水不足だった今年の夏。

植物にとっては過酷な季節だった。

ここのところ急に涼しくなり、我が庭にはこんな花が咲いている。




涼しくなったら是非行ってみたかった飛騨高山と白川郷へ。

1泊のバス旅行と洒落込んだ。


バス


ゆったりバスでリクライニングシート。

これなら疲れないだろうと思ったが、疲れた!

長旅はやっぱり年が影響します。

うれしいことに 運転手さんは2人 で心強かった。


バス2


停車中は前輪にストッパーを装着。

今までにない安心感!


ロータス


ふと見ると、隣に停まっているのは外車「ロータス」


ロータス2


若い男性方が立ち止まっては見ていく。

帰りのバスの窓からはジャガーのスポーツカーを見た。

目の正月をしました~





地図を見れば長野県は何度も訪れている馴染みの地名が多い。

信濃路・・・なんてロマンチック!

でも今回はこの県を通り過ぎていく旅。

この先への旅行記に何日かお付き合いのほどを。








銚子でのひととき




銚子とは名前だけは知っていた。

魚が美味しいという評判もある。

テレビで大漁旗を立てている船を見ると食べたい・・・なんて。




行ってきました、銚子へ。

婿の長期出張も終わるので、送別会という理由づけで。

全員が銚子は初めての場所だった。




店の中の半分が生簀のレストランへ。

海の傍にあり雰囲気も上々。


あわび


話に聞いていた「アワビの躍り食い」!

硬くて食べにくいかと思いきや、食感もよろしく美味。




ポートタワーから珍しい物を見た。

雨の降りわけ!


雨


雨が降っているところとそうでないところ、その中央に立つ!

この経験はヒューストンで。

あのときは不思議、フシギの初体験だった。

この現象を遠くから眺められようとは・・・




銚子には名物、「今川焼き」がある。

わたしが育ったところでは「回転焼き」と呼んでいた。

「お願いします」とわたし。

「はい、何にしましょう」

「白を5個と……」???もう一つの小豆は何ていうのだろうか・・・

「あの、赤を5個」




後で気づいたが、店には貼り紙があり白と黒で区別していた。

小豆ですよ~赤の方がおめでたくありません?

注意して聞いていると皆さん、白と黒という名前で注文していた。




ローカル線の銚子電鉄の駅へ向う。


銚子電鉄


郷愁にかられて駅舎に入る。

赤いポストもあり、小道具は整っていた。

次は電車に乗ってみようかしら・・・


渡海神社


渡海神社にあったモノ。何でしょう?

車で観光して回るによく、美味しいものを食べ、楽しく過ごせる半日。

本州の最も東に位置する銚子。

地球の丸さを見られるタワーもありました。







長岡花火大会へ




8月2日、越後三大花火の一つ「長岡花火大会」へ。

会場への道路は片側1車線で寄付きが悪い。

開催時刻の2時間以上前に桟敷席へ。


長岡花火


何万人という単位の人出。

連日 日本列島のこの暑さ、まだまだ日差しがきつい。


花火


わたしの普通のデジカメでこんなに綺麗に撮れた!


金色花火


黄金の花火。

光が見えたあとでドーンと轟音がお腹に響く。


交差花火


交差して珍しい・・・


豪華花火


わたしに向かって降り注ぐ花火!

枝垂れながら落ちてゆき、やがて夜空の星のごとく輝き、散ってゆく。


ゲレンデ


ホテルの窓から見える苗場のスキーゲレンデ。

夏はやさしい山・・・

この角度も30度はありそう。





終わった後 バスまでたどり着くのが大変。

足元が見えないまま人に押されながら歩く。

ホテルに着いたのが午前1時。





一度は行ってみたかった長岡花火大会。

会場への前後を思うともう充分!

夏の風物詩、日本の花火、、、堪能しました。










故郷の町を歩く




瀬戸内の穏やかな町の一部をご紹介。

この町で育ち、ここから嫁いで上京した。



稲荷山より海を


かつてウチの勝手口を開けると、ドア枠が額のようになって稲荷山の桜が見えた。

見事な桜が満開の頃は、裏山になる、高くはないこの山に登ったものだ。

残念なことに最近の台風で、潮風にやられ桜が傷んでしまい、数が減ったそうだ。



今回一人でこの山に登り、長い階段を上がった。

下りるときに気が付いたのだが、広い道路が反対側に出来ていた。

いわゆる 男坂と女坂 である。



写真は山の上から瀬戸内海を望んだもの。

わたしにとって 山とは低く、海には小さな島が浮かぶもの だと、、、、、、。


雁木


中国地方を一手に纏めた問屋町だった名残りの雁木が何箇所も。

わたしが知っている中では千葉県の佐原がよく似た町である。


むろや


家老職に下っていた織田信長の血縁に当たる者が、本能寺の変の後この町に

移り住み、後に油の商売を始めたのだという、その名も小田と変えて。

西日本有数の油商で国内に現存する町家の中でも最大級のもの。


誓光寺


このお寺も同級生が住職である。

     (なんと同級生で住職が7人もいるとは、ありがたいこと)

格の高いお寺のようで、村上天皇ゆかりのお寺らしい。


瓦 誓光寺


この瓦の紋にもその証拠がみえる。


独歩旧宅


国木田独歩の旧宅

青年時代の数年間をこの家で過ごしたそうだ。

手前左が昔よくあった造りの厠。

廊下伝いに少し離れたところに在ったものだ。

この家の存在を知らなかった若い頃の自分を悔やんでみたり、、、、。





近隣の町を合併して市となったが、昭和40年から50年をピークに寂れる一方。

商家町だけでは雇用が足りず、若者は町を出ざるを得なかった。

過疎が進み、一時はシャッター通りもあって哀れな街に。

ところがここ15年位前から見違えるように町が整備され眼を見張るものが。



歴史的な街並を保護するための助成金が出るようになったのだとか。

でも、でも、、、、わたしの知っている町ではなくなった。

気候は温暖で人情味厚い、わたしの商家町……。


  




故郷でのお花見




前もって旅行の計画を立てることのできなくなった現在。

夫の体調次第で急に思い立って行けることもある。

桜の季節を肌で感じているとき ふと思い出した……。

毎年故郷の町で同級生が お花見 をすることを。



メールで送られてくる写真を去年見て、行ってみたいなと思っていた。

「そうだ、山口。行こう」である。

幸い夫も行けそうな状態。

連絡を取って日時を聞き、さっそく飛行機の手配をしたのが4日前。



上からのお花見


場所は住職をしている男性の禅寺の境内。

ス-パーマーケットを経営していた同級生が仕入れを引き受けバーベキューを。



桜が満開で たまに吹く風に花びらがはらはらと舞い散る……。

ビールのグラスに お肉の上に、みんなの髪や洋服にも。


桜とチューリップ


400年の歴史を持つこのお寺は岩国藩、吉川公の避暑寺だった。

桜の木が200本!

他にもアジサイ、椿、石楠花や梅も咲く、花公園の如きお寺である。


石楠花


山の上の方で石楠花が咲いていた。

貸切状態の個人の山、それでも2、30人くらいの人たちがお花見に

上ってきては下りていった。




このお花見会は今年で10回目になるという。

桜がまだ蕾だったり、寒かったりで、今年が最高の花見日和だったようだ。

今年は参加人数が少なかったが、それだけに遠慮のない会話を共有できた。



4月14日、昔話にも花の咲いたお花見!

それにしても広島空港から広島駅まで遠い、遠い。

40年前の空港はもっと近くにあったのに、手狭になり移転。

あの頃は YS11 という飛行機で今はもうない、なつかしいプロペラ機だった。



二次会、三次会と流れ、いろんな知人友人がジョインしてなつかしい。

最後は夫も参加し、ずいぶんと励まされ、元気付けられた。

友の情けに感謝し、別れ際には図らずも涙がこぼれた。

同窓会には時々参加しているのに、今回は特別な感情を携えての旅だった。







プロフィール

白秋マダム

Author:白秋マダム
 
海外生活17年間の思い出と、
時事雑感、日々の暮しについて
エッセイを書いています。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR