いじめと讃美歌-244- 「神の招き」



いじめの問題が後を絶たないどころか日増しに事が明るみに出てくる。

運動部の鍛錬と称するいじめ、学校の先生の教育と称するいじめ。

躾と称する親のいじめ・・・・・・



いじめの対象となっている人は逃げ場がなく現実逃避をしてしまう。



縋れる胸があれば、

抱き締めてくれる腕(かいな)があれば、

逃げ込める場があれば・・・・・・



この讃美歌の存在を知ってほしい。

   1  行けどもゆけども ただ砂原、道なきところを ひとり辿る。

      ささやく如くに み声きこゆ、「疲れしわが友、我にきたれ」


   2  やけたる砂原 いたむ裸足、渇きのきわみに 絶ゆる生命(いのち)、

      しずかにやさしき み声きこゆ、「生命のいずみに 来たりて飲め」


   3  かえるに家なく つかれはてて、望みもなき身は 死をぞねがう。

      さやかにちからの み声きこゆ、「帰れや、父なる 神のもとに」



帰る先は神でなくとも、身近な誰でも良い。

ただ不逞の輩が甘い言葉で擦り寄ってくることもあるのでご用心を。



良書に、音楽に絵画に触れることも一策である。



アメリカであった open classroom または non-graded classroom 。

長女も学校区の関係で一時期通ったことがある。

これは小学校の 自由授業、無段階教室 のことで、仕切りのない広い部屋で

学年も関係なく授業を受ける。



だいたいは学年ごとで集まるが優秀な生徒は飛び級もできる

反対もありで、どちらも稀なケースである。

勉強面だけの特徴のほかに利点もある。



この方式だと先生も生徒もみんなの目が常にあるので間違いが少ない。

すぐ近くで他の先生の声が聞こえるが、たいして問題ではないようだ。

見守られている、、、、と意識するのはいいものらしい。










スポンサーサイト

-讃美歌276番-



学校で1時間目が終わると全員チャペルに集まって礼拝。

牧師さまのお説教と、日替わりで生徒が讃美歌を選んで紹介する。




讃美歌276番 に初めて出合ったのはそんなチャペルでのある日のこと。

紹介者はすらりとした憂いを含んだ色白の綺麗な人。

ミスコンテストなどあるはずもなかったが、もしあれば彼女こそミス〇〇との

呼び声高き人だった。






この讃美歌を彼女がなぜ好きなのかという理由は残念ながら忘れてしまったが。

とにかく旋律が暗い感じで、寂しさと切なさは彼女にぴったりだった。


讃美歌



讃美歌アップ




    1・光と闇との ゆきかう巷、いずれの方にか つくべきわが身、

      燃え立つ命を 御前に捧げ、

      今しも行かばや、まことの道を。


    2・誉れと栄を 受くるはたれぞ、ときわのかむりを 受くるはたれぞ、

      義を見ていさめる ますらおなれや、

      臆するものには 悔いのみ残る。

    
    3・血潮に染みたる 悩みの道を、十字架の御旗を かざして進み、

      けわしきカルバリ おおしく過ぎて、

      あめなる御国へ さきがけのぼらん。

    
    4・この世のいきおい みなぎりあふれ、悪魔の剣は はむかい来とも、

      いかでか阻みえん、光の御国、

      あおげや、わが主は みくらにいます。

            注:読みやすいように一部に漢字を当てています




紹介者の彼女は卒業後間もなく亡くなった。

不幸にも原因は交際中の彼にあった。

週刊誌沙汰になるほどの衝撃的な事件で、わたしはこの讃美歌とともに

美しかった彼女を思い、失った悲しみを噛み締めた。









青空に讃美歌を思い出して、、、、



秋空とザクロ


こんな青空を見ているとつい歌が口をついて出てくる。

子供の頃の唱歌で、歌詞もあいまいになり続かない。

ふと気が付くと讃美歌にも同じ曲のものがあった。

ご存知でしょうか。




      ・澄みゆく美空に 夕日は落ちて  ・・・・????
 
      ・澄みゆく美空に 落ちゆく夕日  くれない燃え立つ雲間に高く

      ・輝やく夜空の星の光よ  まばたく数多の遠い世界よ




この曲はアメリカ人の チャールズ・C・コンヴァース が1868年に発表したもの。

歌詞は時代につれ いろいろあったようだ。




讃美歌は312番で、歌詞に胸打たれる思いがするので ここに記してみたい。


    ・いつくしみ深き 友なるイェスは、罪とが憂いを とり去りたもう。

     こころの嘆きを 包まず述べて、などかは下(おろ)さぬ、負える重荷を。


    2・いつくしみ深き 友なるイェスは、われらの弱きを 知りて憐れむ。

     悩みかなしみに 沈めるときも、祈りにこたえて 慰めたまわん。


    ・いつくしみ深き 友なるイェスは、かわらぬ愛もて 導きたもう。

     世の友われらを 棄て去るときも、祈りにこたえて 労わりたまわん




讃美歌の「祈祷」の歌である。

友であるイェスと、身近に感じているところも親しめる。

日々のあれこれに追われていると忘れている讃美歌も、ふとしたときに一節が

思い出され、感謝の気持ちを新たにする。







母の日に贈る讃美歌510番



春の庭




勿忘草、都忘れ、オダマキ、クリスマスローズ、千両、万両にプリムラなどを自然に

任せておいていたら、場所を得て今を盛りと咲いている。

今日は母の日。




生きているだけで幸せであり、何事もなく過ぎてゆく。

母の日は娘たちが子供であったとき、また人を恋し始めたころに母親の存在を意識して

心配りをしてくれた。

わたしも母に対してそうであったように。

電話一本、元気?で充分である。

何か特別なことでもない限り、母親とはそんな空気のような、いてくれて当たり前の

人なのである。




育った町の近くに大学はなく、高校卒業後は家を離れて住むことになった。

伯父のいる町の学校の寮に入ることに。

詳しくは過去記事に。 (ブルーの字にカーソルを置いてクリック)

   寮生活の思い出  このページの「もう存在しないのでは? こんな女子寮」に

寮での食事の後のお説教のときに歌った讃美歌。

母の日のころは入寮してまだ日も浅く、寮生のすすり泣きがそこかしこに……。




その讃美歌、510番のご紹介です。

    
    1
    
    まぼろしの影を追いて うき世にさまよい、

    うつろぅ花にさそわれゆく 汝が身のはかなさ、

      (おりかえし)
   
         春は軒の雨、秋は庭の露、

         母はなみだ乾くまなく、祈ると知らずや


    2
    
    おさなくて罪を知らず、むねにまくらして

    むずかりては手にゆられし  むかし忘れしか、

   
    3
    
    汝が母のたのむかみの みもとにはこずや、

    小鳥の巣にかえるごとく、こころやすらかに


    4
    
    汝がためにいのる母の  いつまで世にあらん。

    とわに悔ゆる日のこぬまに、とく神にかえれ

    

この詩を母に書き送ると、母も知っていた讃美歌だった。

母を慕い、心配りをしていた娘時代、自分が母になるとしっかりせねばと気負っていた。

現在は娘と母の両役を務め、妻と祖母をもこなしている。

平和です、明日も同じような日でありますように。






    
プロフィール

白秋マダム

Author:白秋マダム
 
海外生活17年間の思い出と、
時事雑感、日々の暮しについて
エッセイを書いています。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR