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カップの形状から氏素性を調べるには

カップ本
      英国カップの要約、概説 1990年出版


アンティークカップを集めていると裏に窯印のないものがある。

これらは形から判断するしかない。

写真の本はMr. Berthoud のコレクションと、参考にした他の収集家や美術館の協力を
得て、1750年から1940年までの英国のカップをまとめたものである。

写真では、氏の周囲にずらりとカップが並んでいるのが分かる。 圧巻!!

カップの形、ハンドルのデザインなどから出所を明らかにできるとの広告を
見て買った本だが、お目当てのものを探すのはなかなか難しい。

むしろこの本は暇なときに飽かず眺め、記憶の隅にしまっておいて、ある日、これだ!
ひらめく出合い用として活用するのがいいのではないか。

1ページに6客のカップの写真があり、1客ずつ説明がついているので、見るのは
楽しい。

カップ

上の写真のカップも氏のコレクションで、1868年の Brown-Westhead & Moore 窯、
プリントとエナメルのパターン。 

金箔と金彩が施されたシンプルでも豪華なカップ。 東洋的な雰囲気がある。

本の中は、ほとんどがモノクロの写真の中、ほんの6ページしかないカラーを取り
上げてみた。

カップは割れ物であるだけに、年々数は減ってしまう運命。

わたしの大事なカップたちは戸棚に仕舞いこまれてはいるが、地震がきたら割れて
しまうだろう。

戦争や引越し、泥棒に遭ったかもしれないアンティークの生き残ったカップたち。

美術館クラスの重要文化財でないなら、たまには取り出してお茶を、と思うが、残念
ながら紅茶やコーヒー党でないウチは眺めるだけのカップとなった。

それも、たまーにしか。 ごめんなさいね、カップさんたち。






窯印、裏印、バックマークの本

アンティーク本
陶磁器の窯印辞書(1580年-1880年代まで)


アンティークの陶磁器を買ったとき、出所を明らかにしたいのは人情である。

この本自体もアンティークショップで見つけたもの。 (1953年出版)

これを手に入れてからは全ての食器を裏返して見た。
もちろん本に出ていないものもあるが、裏印があるものはほとんど解明された。

ヨーロッパにマイセン窯しかなかった頃は窯印を入れる必要はなかった。

工場をドレスデンからマイセン城に移してまで、秘密を保とうとしたが無理だった。

磁器が金にも匹敵するほど高かったので、偽物が出現。

辞めさせられた者、逃げ出した者、定年退職した者たちから技術は漏れ、絵付師の
腕も散った。 戦争で捕虜として陶工たちが連れ去られたことも。

ただの真似しっ子だったら磁器も絵付けも稚拙だったに違いないが、功妙にできて
いるものは始末が悪い。

そこでマイセンは裏に窯印を記した。 これが双剣マークである。

ところが、そんなもの、いくらだって真似できた。

つぎにマイセンは双剣に横線を引いてみた。 これも真似される。

いたちごっこは今日まで続いているのである。

偽物が出回るのは、本家のものが高く売れているからで、マイセンを一度も見たこと
のない人は、手に入る価格まで下がれば買ってしまう。しかも有難がって。

やがて追随する窯元も力をつけて、独自の窯印を入れるようになる。

ウエッジウッド

上の写真はウエッジウッドの載っているページ。
左の二つは1878年以降に使われた印。

ノリタケだけでも一冊の分厚い本が出版されている。

磁器の歴史を調べたり、出所を明らかにしていると、短編小説が書けそうなほど
面白い。

  またいつか、窯印はないが、形状から判断できるようにと編纂された本についても
  書いてみるつもりです。




ご出身はどちらでしょうか

和風のカップ


アンティークショップで見つけたときは日本のC/Sだと思った。

無印だったが店の人はフランスのものだと言った。 リモージュではないかと。

形状から判断できる本を調べても、氏素性が判らない。

和風のソーサー

明治、大正期に輸出品で蝶や雀が描かれた時代があった。

仮に日本のものであれば裏印がなければならない。 一部の例外はあるが。

柄をよく見ると日本の山野草のようだ。

秋の七草
     マイペディアより画像拝借

上の絵は秋の七草。

  参考までに、オミナエシ(女郎花)、オバナ(尾花、ススキ)、桔梗、撫子、
  藤袴、葛(くず)、萩の7種類で、すべて漢方薬である。

カップにもソーサーにも七草の内のいくつかが描かれている。

C/Sの縁の金が剥がれているが、薄さと軽さにおいて日本の技を見る思いがする。

そういうことにしておきましょうね。




アンティーク食器に悪戯をしてみる

カップだけ本物
       ドイツあたりのカップ?


窯印はない。 とても薄く、光にかざすと透けて見える。

時は19Cの末頃か。
これはC/Sのはずが、ソーサーが付いてなかった。
そこで、悪戯心で一計を企みてみた。

アンティークショップを回るうちに、絵付けはどうやって成されるのか。
手描きも、プリントも判らなかった。
そこで磁器の絵付け教室のレッスンを取ることに。

自分で揃わないソーサーを描くという大胆不敵な計画。

ソーサーは手描き

上の写真が習い始めて2ヶ月で描いたもの。
  (弁解:上の写真に較べて凹面なので写りが悪いのが残念)
もちろん先生のヘルプがあったればこそ、である。

スーパーマーケットでC/Sで600円くらいのセットを買い、皿に絵付けをした。
そっくり真似をして描いたつもり。

 このような想像はできないだろうか。
  30年、あるいは50年後に誰かが、どこかでこのセットを見たとしよう。
  それは私が死んだ後、リサイクルショップに流れたもの。
  カップは絵付けも美しい。カップ自体の品質も素晴らしい。
  しかし皿のほうは重く、絵も稚拙である。
  非常識にも皿には名前まで入っている。しかも有名人でもない。

  目利きなら、私のイタズラを簡単に見破るだろう。
  でも古いものに関心のない人は不思議に思うのではないか。


 もっと悪意に満ちたイタズラをすることもできる。
  わたしはC/Sの両方の裏にマイセンの双剣マークをマイセンそっくりに
  描き込むこともできる。
  もちろんこの場合、皿も上質のものを買わなければならない。

  ただし、本物のマークは釉薬の前に描かれているので、わたしが後から
  入れても、手触りで見破られる。

  それも見破られない方法は?  あります!

  その昔、マイセンがマーク入りの白磁を放出した時のものを手に入れて
  描けば分らない。(いまでも売られているかも)

  更に現在では釉薬のかかっている磁器に、イングレーズという絵の具を
  用いて描けば手触りもなくなる。

本物か贋物か、こだわる必要はない。
世界の名窯といわれているものは、磁器も絵付けも素晴らしいので、
アンティークでなければ安心して買える。

      お財布と相談して、気に掛かったものがあれば買いましょう。
      アンティークは出合いです。


アンティーク ハビランドはアメリカの会社

・オイスター皿ハビランド
          オイスター皿



1864年のアメリカにおいて高級食器はすべてヨーロッパからの輸入品だった。

そこでアメリカ人の デビッド・ ハビランド が自国に質の高い食器のないこと、
輸入品はとても価格の高いことに目をつけ、何とか食器メーカーを創った会社が
ハビランド社である。

彼はフランスのリモージュに行き、そこで会社を興して全ての製品を本国、USAに
向けてのみ輸出。

このころは既にプリントでトランスファーという写し絵の技法が完成されていたので、
かわいらしい模様のプリントを使い、大量生産をして一般庶民向けに供給した。

彼亡き後も息子の テオドール、C・エドワード、孫の ウィリアム・デビッド  
などが後を継ぎ、事業は成功した。

ハビランド社の製品は、アンティークというには未だ若い食器もあるが、
楚々とした小花などがプリントされ、優しい色彩が施されていて日本人好み。

マイセン風のはっきりした手描きではなく、食べ物を食器に盛り付けた時に邪魔に
ならない食器である。

今でもアメリカに行けば、アンティークショップに数十人分といった単位で
セットが揃うのでは? しかもお安く。

  余談
   何故安いか?
   いまのアメリカ人は小振りのロマンティックな食器には興味がないようで、
   売れない、故に安い。 これがわたしの検証結果です。


英国のスージー・クーパーやシェリーよりも焼しめがしっかりとしていて本物の
観があり、磁器の硬さと美しさも備えている。

写真のオイスター皿は形が気に入って買ったもの。
牡蠣がお皿の上で安定できるように窪みがついている。
アボカドをくりぬいて容器として使うサラダにもよい。

ハビランドは、開拓時代が終わった、やや落ち着いた頃の古き良きアメリカの家庭で、
大事に使われていた食器のような趣きがある。

ティーセットなど8人分くらい揃えてアフターヌーンティーをお試しになって。




アンティーク KPMのバスケット

ハビランドのバスケット
東西を隔てていた壁が取り払われたドイツ、ベルリンへ旅行した。(2002年)

ある町は古い建物(アパートかもしれない)が静かに立っていて、人の気配が
感じられず、それらが並んでいる光景は寒々として侘しかった。

宿泊したホテルの川沿いを散歩していてアンティークショップを見つけて入る。

その時写真のバスケットに出合った。 カットワークの有名な形。

裏印ハビランドの

裏印から推察するに、青のマークが磁器製作、赤が絵付けが為されたころだと。
  注:マークについては偽物もある。 これについてはまたいつか。

店主が、「これはデパートに行くと、今ついている値段よりは高いよ」と。

アンティークのほうが安いって、どういうこと?

理由は現在でも全く同じものが作られていているからだと。
違うのは絵付けだけで、特にペインターがマエスターであれば高い。

18世紀の半ばより同じ型を使って白磁を生産し、絵付師の実力に衰えがないとすれば、
古いものに価値を見出す必要は無いわけである。

この線からいけばマイセンもアウガルテン、ヘレンドも同様のことが言えるの
ではないか。

その昔、有名な絵付師が居て、その人にしかできない作品であれば別であるが、
延々と作り続けられているのであれば、新品を買ったほうが気持ちがいい。

そしてどうしてもブランド物の食器がほしい人は、アンティークショップに行くと
憧れのものが安く手に入るかもしれない。

実際わたしは、新品を買うととても手の出ない、高嶺の花であるマイセンの
「スワンシリーズ」が、半端でないセットで安く売られている店に出くわした。

ほしかった。

でも旅先では荷物にもなるし、送ってもらうには不安がある。
頭の中に仕舞いっぱなしの食器たちが浮かぶ。
「もう食器は要らないわ」と自分を納得させたが、今では悔やまれる。

出合ったときには、一期一会と思って、お買いになることをお薦めします。
ただしお好きであればですが。

アンティークは富のあるところへ流れていくと言われている。
バブルの頃は日本人もずいぶん海外でアンティークを買い求めたようだ。
そしてバブルが弾けてしまった今、本当の愛好家だけが古いものを収集する時代
になったのではないかと思う。

そんな、アンティークと大袈裟に構えないで、気に入ったものを集めましょう。
既に閉窯になった窯の食器を見つける楽しみもありますよ。





アンティークの髭徳利

髭徳利
        通称 髭徳利 


取っ手のある水差し、ジャグ は水、ジュース、ミルク、ワインなど日常の飲み物を
入れる容器として、西洋では食卓でもキッチンでも多用されていた。

ドイツのライン川流域では、中世の頃からセッキという、石のように硬く焼き締めた
陶器が作られ、英語では stone ware と呼ばれている 。

ライン地方では塩釉セッキが多く作られ、焼成のときに、食塩を窯の中に投げ込ん
で作る手法が盛んだった。

化学反応によって生成するソーダガラス質の釉薬が、器面に鮫肌のようなまだら
模様を作り、写真のような独特の表面ができる。

鬚徳利は人気が高く、17C以降はオランダや英国でも数多くの模倣品が
造られたらしい。  


髭徳利その2
   古いものほど鬚男の表情がリアルで、がっちりと力強い据わりのよさがある。


このジャグは大航海時代に船乗りがお酒を入れ、取っ手に人差し指を通し、
持ったほうの肩に担いで飲んだ。

日用品であって美術品ではなかったが、数多く作っていくうちに、凝った精緻な
ものが生まれてきたものと思われる。 (いわゆる生活雑器)

歴史の資料的な価値があり、英国のロンドン塔やケンブリッジ大学のキングス
カレッジにも展示されていた。

またヨーロッパの陶磁器の歴史を語るときに、必ず登場するジャグである。

ジャカルタは長い間オランダの統治下にあったため、大航海時代の忘れ物が、
今でも残っているようだ。

これだけではない、華僑が中国から持って渡った、明の壷や焼き物が未だに見つかる
こともある。 これは戦乱のとき人々が土に埋めて逃げたからだと聞いた。

ジャカルタに行くともしかして掘り出し物が見つかるかも知れませんよ。
   ただし、わたしが居たのは1984-1988年のことですが。



アンティーク時計の文字盤の数字

時計グランドファーザー
       グランドファーザーズ クロック の文字盤 (1850年頃 英国)


文字盤上の絵と文字はすべて手描き。

中央には 「G. Riley Halifax」 と書かれている。

私なりに調べたところによると、当時は時計を注文した人の名前や屋号、
会社名を文字盤に入れたようで、ハリファックス氏の注文品ではないか?

37x52センチの文字盤の大きさから見ても相当な大きさの時計だったと想像する。

ヨーロッパの貴族やお金持ちの大邸宅の天井は高く、家具調度品は大きい。
珍しい時計は是非とも特大のサイズが好まれ、また小さいとその存在感はないに
等しかったのでは。

数字の周りと中央にはヨーロッパから見て珍しい異国の風景や動物が油彩で描かれ、
自宅に居ながらにして異国情緒を楽しんだのかもしれない。

また文字盤の数字はローマン・ニューメラルでⅠ、Ⅱと書き表している。

問題は 4 でⅣと描かずにⅠと同じ書き方で縦に棒が4本並んでいる書き方を
していること。


文字盤ぐらんどファーザー時計 
         硝子越しの撮影のため画像がよくない


文字盤の数字の解釈

    時計の文字盤では、伝統的に4時をIIII、9時を IXで示す。
    また4時をIV、9時をVIIIIと表示しているものも存在しているため、
    これは絶対的なものではない。

  1 ローマ神話の最高神・ユピテルの綴り IVPITER の最初の2文字が
     Ⅳと重なる表記になるため避けた

  2 ぱっと見たとき、4 か 6 か見分けにくいため

  3 IIIIならばIという刻印を4回押せば文字盤の文字が作れるが、IVだと
     専用に型を1つ作る必要がある

  4 特定の有力なローマの時計製造者がIIIIと書いた時計を作ったため、
     他の製造者はその製造者が怒らないよう、それにならった

  5 ルイ14世が、文字盤にIVという書き方で4を表すことを禁じた


蛇足
 錆を防ぐため額装をしたが、ある意味、雰囲気を壊してしまった気がする。

 最初はチェーンで動かし、次はネジ式、そして現在は電池で動く、現役の
 時計です。



小振りなアンティークの塩入れ

4点塩入れ アンティーク 


アメリカのアンティークショップで小さなガラスの器を見つけて「これは何?」と
聞くと、「塩入れだよ」 との答えが返ってくる。

塩入れって何? 店員さんは肩をすくめて明快な返事をくれない。

現在では、塩入れはたいてい salt & pepper のセットになって
振り掛けタイプで売られているし……。

そこで、自分でそれなりに調べてみた。

 ・塩は生命の維持に必要な食物であり、保存力や殺菌力もある。
 ・キリストも弟子達に言った、「あなたがたは地の塩である」と。
 ・教会では《洗礼の塩》、《悪魔祓いの塩》、《知恵の塩》と称して保存された。
 ・塩は信仰や徳、愛の象徴と見做され、中世の人々は塩入れが横倒しになるのを
  嫌い、大切に扱った。

中世の北ヨーロッパでは、「白い黄金」と呼ばれるほど塩は貴重品であった。

食事に用いられる塩を客人に献上するために、様々の工夫を凝らし、「塩入れ」と
呼ばれる器に入れ、主賓の前に置いた。

この塩入れを境にして、テーブルは上座と下座に分かれる。

英語で上座を above the salt 、下座を below the salt という表現
はここから生まれた。

大ぶりで絢爛豪華な塩入れは金や銀、象牙や木彫製品で作られ、さらに宝石などで
飾り立てられてゆく。

マイセンで磁器が作られるようになると、今度は華麗な大容器が磁器で登場する。

15世紀、フランスのベリー公爵の所持していた「ネフ」と呼ばれる船形の精巧な
塩入れは当時大流行した。

塩入れは食卓の装飾品で身分の高さ、高貴、富を象徴する逸品だったのである。

特権階級の者だけが所有する塩入れから、ブルジョア、さらに庶民も用いるように
なると、塩入れはだんだんと形を小さくして食卓に上るようになる。

やがてテーブルの中央に置いたものが、パーソナル用となり、わたしが買い求めた
ような極小の器となっていく。 (大きさはせいぜい5センチまで)

塩入れ アンティーク ハイジー
       ハイジー社 (現在は存在しない硝子食器の会社) スプーンは銀製

おそらくは塩を親指、人差し指と中指でつまんで料理に振りかけたのか。
または貴族文化の名残を形だけ楽しんだものか。

デミタスカップってご存知でしょう?

デミタスカップ アールデコの花
        アンティークのデミタス


食事のフルコースの最後に出されるデミタス。 
  (フランス語で半分の大きさのカップの意味)

ヨーロッパの旧家や名門レストランで出されるデミタスには、内側や取っ手に
見事な金彩が施されていたり、繊細な文様が家紋とともに描きこまれている。

豪華であればあるほど格式が高く、ために凝りに凝ってお金を掛けた。

この豪華さは富の象徴、凝縮を表し、食事の前にテーブルに置かれる、位置皿の
チャージャーよりも重きが置かれているようだ。

デミタスは先ず空のまま客の目の前に置かれる。
コーヒーを注ぐ前に、その豪華な意匠をしばし鑑賞してもらうために。

客はそれを目で楽しむと同時に、客としての自分の格付けを、意匠の格調の
高さや紋章の種類から判断する。


なにしろ和食器と異なり、同じデザインの食器揃いを何種類も持っている。
その中から、その日の客のために吟味された食器が選ばれているのだ。


余談 その1
 ごく普通のレストランでシンプルなカップを使って同じようなサービスをする
 ところがあるとしたら、それは形だけを真似ているということ。
 けれども21世紀に生活している現在、ルールはとうぜん変わってきた。


デミタスはやがて王侯貴族だけのものではなくなり、新たに台頭してきたブルジョア
階級を対象に、手に入りやすい価格のデミタスが普及。

その普及版のおかげで私の手にもデミタスが入ったわけで、感謝しなければ。
王侯貴族のためだけのものであれば、どこかの美術館に納まっていることでしょう。


余談 その2
 札幌のチョコレート ファクトリーにはカップの美術館がある。
 素晴らしいコレクションなので是非ご覧になって。



プロフィール

白秋マダム

Author:白秋マダム
 
海外生活17年間の思い出と、
時事雑感、日々の暮しについて
エッセイを書いています。

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