いよいよ引っ越し








8月のカール




10月2日にパッキングにきてもらい、3、4日で引っ越し。

愛犬のカールももうすぐ7歳。

人間もさることながら、犬のお医者さんも心配。

同じ市内だけれど引っ越しは引っ越し。




荷物の多さに我ながら驚いた。

段ボール300個だそう。

できるだけ自分で箱詰めしようと頑張った。




必要か否かを決めるのは自分。

思い切って捨てるのも自分次第。

ゴミとして残して業者に片づけてもらうと料金がかかる。

頑張りましたよ~~~~




独りでできる・・・・・なぁーんて言っていたが、、、

娘に手伝ってもらいとても助かった。

ここは身内が一番。




両親のものと夫のものを整理。

タオルの量にびっくり!

ちょっとした挨拶、お祝い返しなどでたまったのだ。

加えてタオルはもともと丈夫ときている。




母は古いカーテンを仕舞っていた。

父のモーニングなど礼服が出てきた。

もう化石のような8ミリの映写機やスクリーン。

友人が母親の旅行鞄からお金が いっぱい 出てきたと。

多分、百万円くらい・・・・・

残念ながらうちは現金は出てこなかった。




引っ越しって何度しても好きになれない・・・・・













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テレビの怪









テレビ
写真はネットより拝借




地上波に移る前の旧モデルのテレビ。

20年間も使って切り替えのタイミングまで使用。

32インチで、観ている分にはなんの問題もなかった。




父が亡くなって一段落してテレビをつけると、、、、、

画面に斜めの線が入って写らない。

あれ、あれ?

そうこうしているうちに直った。




またある日は、画面の中の人物の顔が茶色に

遂に壊れたと思っていたら、やがて正常に。

ちょうどこの時、二階で母が父の遺骨を半分、別の

壺に移していたらしい。

現在半分は納骨し、半分は家にある。

母を火葬するときに一緒にして、混ぜたものを納骨する予定。





テレビ2
この写真もネットより拝借





地上波に切り替えて、薄型の50インチ、プラズマにした。

近視のわたしが眼鏡なしで観られるように大きくしたのだ。




夫が逝ってまだ1年にならない。

テレビにも異変はなかった、なかったが・・・・

遂に、引っ越しの手伝いに娘が来て帰った後、

ホッとしてテレビをつけると、、、、、

「○○カードが入っていません」と文字が出て写らない




何も触っていませんよ~~~~

つけたり消したりしてみた。

取説をだして読んでも見る。

明日 出入りの電気店に電話しようと諦めた。

でも、でもと未練がましく何時間かしてスイッチオン!

何事もなかったように元に戻っていた。




父の件を思い出し、夫が何か送ってきたのかな・・・・・と。

わたしは完全な無神論者ではない。

正しいことをしていれば神さまがご覧になっている、

くらいは思っている。

無宗教ではあるが悪いことをしたら罰が当たるくらいは

信じている。




父はお礼の合図を、夫は家が決まったお祝いを・・・・

そう思うことにして、ありがとう、と。




追記:父に関しては納骨の日までいろんなことが起きた。

   わたしは霊感が強いわけでもないし、そういった類に

   関心もない。

   でも説明のつかない不思議なことはあるのだと思う。












そうね、京都へ








そうだ 京都




ご近所に親しくしているご夫婦がいる。

夫の生前は4人して小旅行や食事、互いの家での食事・・・・

そのご主人が3年前、脳こうそくを患った。




辛いリハビリを続け、今では100メーターくらいは歩けるように。

男気も盛んな方で、夫はどんなに励まされたことか。

そんな彼も日増しに心が弱り、別人のように。




ある日、京都へ行きたいと言っていると奥方より耳にした

関西の出身で京都の大学に通ったご夫婦。

とても一人では連れていけないというと気落ちされたそうだ。

いろんな会話の後で、

「私が付いていく。行きましょう!」といった。




それからの彼は明るくなり、リハビリにも頑張っているそうな。

なにか目的や目標があるというのは人を元気にするようだ。




こちらこそお役に立てそうでうれしい。

是非とも実現しますように。

















引っ越します







引っ越し




2年前から娘たちの家の近くに住むところを探していた。

1年前に母はホームに、夫は他界。

独りきりになるとわたしの運転を心配する娘たち。





もともと運転は得意でもなければ好きでもない

アメリカで免許を取ったので広いところで運転していた。

駐車は頭から、今でも団地で我が家だけが後ろ向きに。





毎日のようにみんなして物件探し。

帯に短し襷に長しというように、なかなかなかった。

加えて犬もいるので範囲は狭くなる。





諦めかけていた時に訳アリの家が・・・・・

築8年の気に入った家が見つかったのだ!

暑い夏を避けて予定通り9月に入って準備開始。





引っ越しは今回で14回目。

社宅が2回、家を建ててから3度の海外駐在。

それぞれの地でまたお引越し。

夫に至ってはニューヨークと上海がわたしより多い。





気力も体力もなくなったわたし・・・・・

全部持って引っ越せば、、、、とのアドバイスも。

やはりここで不要なものを捨てなければ。

見積もりが出、契約をして少々蒼くなりました。













スズメバチの巣







スズメバチ 巣2
これがスズメバチの巣

美しい波模様は芸術的ですら・・・・

テレビの番組や写真では見ていたが、まさか、、、、

我が家の庭の倉庫に巣を作っていた!!




写真はネットから勝手に拝借したもの。

だって写真を撮れる状況ではなかった。




区役所に駆除の電話を申し込んだら業者を紹介してくれた。

2万円より!

タウンページで調べて他の業者に聞くと1.3万円から。

これは蜂の種類と大きさにより加算される仕組み。




蜂の活動がない夜に来てくれた。

所要時間は10分、費用は1.5万円。






スズメバチ 巣
大きさは10センチ余り。(写真はネットから)

でもウチのは変形型で蜂の苦労がしのばれる作品だった。

何故 倉庫の中に?

ドアが閉まらなくなって何年か経っていた。

その10センチくらいの間から入り込んだようだ。




時折 蜂を見かけたが中に巣があるとは想定外。

娘も何度も往復して段ボールを運び出した。

危ない、危ない。




専門の人がいて駆除してくれるなんて有難いことだ。

加えて説明が的確で親切な人だった。

彼の名刺によると便利屋さんだった。

一度会って話をした人だから安心して次から依頼ができそう




便利屋って内容を知るととても便利そう。

特に高齢者にとっては、ね。









助かる7-11







7-11





ウチの近くにもありますよ。

でも歩いていくにはちょっと・・・・・

車でついでがあるときに。

わざわざでも行きたくなるのはサンドイッチが食べたいとき。




今日は獣医院の帰りにちょいとついでに。

美味しそうなサラダパスタがあった。

時刻はちょうどお昼前。

諸々とともにレジへ。




店員が慌てて棚に行き、これ一つしかないので、

「すみません、消費時間があと少しなのでお売りできません」

「構いませんからください」

「それが、、、レジに入らないので」




「でもそれ食べたいので、手打ちではできませんか」

彼女は奥へ走って店長の指示を受けに。

「あの、料金はいただきませんので、よろしければ」

もちろんいただきました~~~。




「店長さんにどうぞよろしくお伝えください」

こんなこと初めて!

そういえば前回と前々回、くじを引いたら2度とも当たった。

このお店とは相性がいいかも。




1975年の暮をテキサスのサンアントニオで送った。

帰りは1月1日。

ランチを取ろうにも店はぜ~~~んぶ休み。

唯一開いていたのが7-11だった

ありがとう、救世主の如し。




当時はスーパーマーケットも日曜日は休日だった。

記憶があいまいだが、いろんな店も閉まっていたような・・・

日曜日は教会へ行く日なのです。














昭和40年代のころは








バラが咲いた 七変化
これもバラ





今回の朝ドラは評判が良い。

個人的にはレストラン編になってからはあまり・・・・・

現在問題になっているのは身分違いの恋。




育った環境が違う人との結婚はうまくいかない。

親の決めた人と結婚するのが一番。

嫁に行くなら少々低いところへ。




お見合いがまだ盛んだったころの話。

結婚すると聞くとまず、お見合い?恋愛?と質問が。




親を信頼していればこそ、親が反対するには理由があると

納得するのだ。

お付き合いをするということは結婚が前提だった。




どこへでも出入りし、誰とでもお茶を飲みに行くのは不良扱い。

従兄が遊びに来ても二人では出かけない。

結婚話があると近所に聞き込みが来るからだ。




驚いたのはアメリカの店に売られていたもの↓

   Good girls go to heaven, bad girls go everywhere.

壁掛けになっている。

かつては、あちらでも価値観が同じでした~




娘が大学生だったときにわたしが言った、

「アメリカではお茶を飲みに行くくらいに気軽に寝るのよ」。

娘の答え、

「日本ではテニスをするくらいかな」と。




アメリカの美容師がお見合いのことを、

「味見もしないで結婚して大丈夫なのか」と聞いた。

あれから40年、婚前旅行も同棲もありの日本です。




結婚は本人の問題、離婚もあり。

でも子供は境遇を選べない













ひあり






ひあり




連日ひありのニュースが。

わたしの経験を記してみたい。

1976年、ヒューストンでのこと。




近くの原っぱでアリ塚を見つけた。

子供のころから しつこく 何でも観察するわたし。

ちょっと高めの土の山を木の端きれでつつこうとした。

その一瞬、蟻に刺された。




みるみる間に右手人差し指がフランクフルトに。

痛い、かゆいで薬局へ走った。

「そんな悪戯をしてはいけないよ」ですって。




ひありだったのかどうか???




そういえば同じころ、テキサスの北部であまりの暑さに

老人が亡くなったとのニュース。

エアコンはないの?

なぜ暑いくらいで死ぬの?

不思議ふしぎ・・・・・・日本人には理解できなかった。




物流の飛躍的な発展で人、物、生物が行き交う現在。

世界中、強きものだけが生存競争に勝つ。

情も心も風情も置き去りにして。




地球、大丈夫?











旧き友と






バラの蕾 17





まだ蕾だったころ・・・・・

そう、小学6年生だった。

転校し、また秋には元の学校へ戻った。

そのわずかの間に素晴らしい体験をした。




新しい学校では過去は白紙である。

なんだか、、、、自分以上に過大評価された。

良いと思われればそのように振舞うものだ。




みなそれぞれに忙しいときを過ぎ、還暦を迎えたころから、

同窓会なるものが盛んになる。

3回目の出席では学年会で、先生もお一人参加。

近況報告ではわたしは不覚にも涙ながらの言葉を発した。

その1年後、夫が逝った。




ある日 電話が入った。

よく遊んでいた友人が近くに来るので会いましょうと。




ゆっくりと時間をかけて互いの情報を交換。

子供からいっきに大人へ、、、、、、、

価値観に差のないことを思い嬉しかった。




ホームで彼女を送る。

ハグをしたら何故か急に涙が。

ハラハラとではなく、顔をゆがめて我慢できるくらい。




来年の6月、小旅行を計画して別れた。

二人の、あの涙は何だったのか・・・・・

とてもいい涙だったと思う




彼女は言葉も博多弁に関西弁を交えたような。

飾り気のない、心の温かい女性になっていた。

ありがとう、楽しい時間を。

















良いもの見つけ~







鉛筆




LAから友人が一時帰国したとき。

一緒にブリッジ会場へ行って競技会に参加。

その時、彼女が使っていた鉛筆が↑のアメリカタイプ。

日本のには sharp と入っていて、しかも短い。????




芯は回すと出てくる。

消しゴムは時が経過しても変わらず使用可!!

国内のは硬くなって消えにくくなるが。




ただ、、、、芯を交換するタイプではないのでエコではないかも。

でも、でも便利なのです~

芯が折れないし、太さも 0、7 ミリ。

滑らか~に書ける。




鉛筆10本




で、ネットで探して10本購入。

娘に渡すと いきなり「なつかしい・・・・・」。

アメリカでこのブランドの鉛筆を使っていたそうな。

想うに、わたしがコーリンやトンボ、三菱鉛筆に再開したような。




文具って誰しも色々な思い出があるでしょ?










プロフィール

白秋マダム

Author:白秋マダム
 
海外生活17年間の思い出と、
時事雑感、日々の暮しについて
エッセイを書いています。

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