映画「アラモの戦い」





1976年元旦、テキサスはサン・アントニオにある アラモ砦 を訪れた。

予備知識のない観光はいつも多大なる驚きと欲求不満をもたらす。

ヒューストンから車で3時間、ここって何???



アラモ



中に入ると博物館になっており、よく解らないままに小冊子を買う。

1泊してメキシカン料理にもあまり馴染めないまま帰路に。

ただなんとなくじーんとくるものがあり、興味津々で帰宅して謎解きにかかった。




ストーリーはネットで調べていただくとして、感想を。

アメリカ人にとって アラモの戦いは南北戦争と並ぶ建国時の一大叙事詩

かつてはメキシコ領だったテキサス、独立するための戦争が「アラモ砦の戦い」。




テキサスはその土地の大きさと実力からいっても一国家を名乗ってもおかしくない。

州の形からしても充分美しい。

アメリカ合衆国に入ったのも遅い方だった。




アラスカが合衆国に加入するときにテキサスが難色を示したそうな。

なぜなら、テキサスがアメリカで最も大きな州だったからである。

そのときにアラスカが言った。

「つべこべ言うならアラスカを半分にして3番目の大きさにするぞ」と。




ビジネススーツを着てカウボーイハットをかぶる、ブーツを履く。

ジョークが好きでサザンホスピタリティにあふれている人たち。

夕食に招待されても手ぶらで行く、なぜなら 必ずお招き返しをするからだ。




知らない人でも目が合えば、「ハーイ」と明るい、まるで山歩きの如し。

にっこりと笑いかけてくるし、、、、それゆえ東海岸の人たちは田舎者だと言う。

子育てをテキサスでしてよかった。




何となく外様大名的なテキサスは第二次大戦のときは激戦地にやられた。

当然 日本軍と戦うことに。

1990年代末でさえ、日本人に偏見をもっている人がいた。

話をする事によって解りあえたが、、、、

人的交流がいかに大切かと思い知った日だった。












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白秋マダム

Author:白秋マダム
 
海外生活17年間の思い出と、
時事雑感、日々の暮しについて
エッセイを書いています。

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