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愚痴ですけれど、ちょっと一言

ポンドックインダー
       ポンドックインダーの豪邸 (ウエブより画像拝借)


ジャカルタに住んで1年半、引越しを決断。
これを機に知らされていなかった事実が判明!!

不満のある現状を訴えても会社はピンと来ない。
知人の協力を得て、10社くらいだったか、月収から会社支給の明細の一覧表を
作成して提出。 内助の功を発揮しました。
会社の実名を明記しての報告書の効果はあった。

以下、1985年当時のインドネシアの駐在員事情を書いてみたい。

外国人相手の家賃の高さは欧米並み。 
光熱費は日本の10倍。
車はカローラが430万円もした。
日本人学校は私立で、入学金から授業料も取られる。

上記したものをほとんどの日本の会社は、会社が負担していた。

わが社は(夫が所有している会社ではありません)すべてを個人払いとして、
給料に組み込まれていた。
給料の額が跳ね上がるのは当然でしょう。 それを給料が高いだなんて。

最初に事務所をオープンした人が決めたものであろうか。
10年経っても額面は同じ。
依然会社は世界一優遇されている駐在地だと思い込んでいた。

家庭車も、普通は会社の車のお下がりを社員の家庭2軒でシェアし、運転手や
ガソリン代も会社持ち。

ここからは共通事項であるが、
使用人は必要なかろうとも雇わなければならない。
日本食は高い。
子供たちが通う塾もあったがン万円。

おまけに給料は現地貨払いで、年々目減りしていた。

写真のような家に住んでいる駐在員もいたが、ウチは惨めなことこの上ない
家だった。 インテリアに関心のあるわたしには夢も希望もない家である。

家庭車も帰国の際は買った値段で売れるからと新車を……。
もちろん社会情勢が変わったのか、4年後には1/3でしか売れなかったが。

カローラが430万円ですって?!
ちょっと――、ベンツとまではいかなくとも高級車が買えるでしょ。

会社に借入金の手続きをし、なんとかジャカルタ生活はスタートした。

子供たちに塾を断念させ、受験前の数ヶ月だけは情報を得るためにやむを得ず
行かせたが、問題集を与えることで乗り切った。

わたしは友人と楽しい時間を過ごす以外は家に篭りっきりで、やがて読書三昧の
日々を送ることになる。

どちらの奥さまもお稽古事に熱心だったというのに……。
                            ―つづく―




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白秋マダム

Author:白秋マダム
 
海外生活17年間の思い出と、
時事雑感、日々の暮しについて
エッセイを書いています。

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