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文学とは、単に面白い小説とは

茶の花
           お茶の花


記憶が確かではないので、これも一つの定義だと思ってほしい。

アメリカの図書館を訪れたときに興味深い説明があった。

文学とは、小説や詩などが出版されて100年後も、まだ売れ続けているものを指す。
明快である。 時代を超えて受け入れられることが文学であると。

小説を書くときにある人物をモデルにしたいと思ったら。
その人物が没後100年経っていたら自由に書いてもよいらしい。

100年とは言い得て妙である。
昔なら4代か5代の世代交代があるので、公人として扱ってもよいのだろう。

ある女流作家が母親をモデルにちょっぴり私生活に踏み入ったことを書いた。
作家が帰宅したとき、母親は玄関に仁王立ちになって怒りを表していたそうだ。

母親だと断らなくても、母親の友人知人、親戚はモデルが判る。
たとえ、ほんの少しだけの事実を引用しても、残り全部まで真実ではないかと
勘ぐられるのだ。

厭な思いをしたとしよう。
双方が平等に弁明する機会があるのなら公平である。

ところが一方がお喋りだったり、寄稿好きだったりすると……。
言ったほうが勝ち、言われたほうが負けなのである。

真実は「藪の中」で、往々にして常識のあるほうが泣きを見る。

モデルにも言い分はあるだろう、立場が代れば気がついていないこともあるのでは?
そう思うと、わたしは小説を書くにあたり、現代モノは書かない、書けないと思った。

私の逃げ込んだ先は時代小説。
一冊目は歴史小説だとの評をいただいたが、自分では判らない。

いいことだけ書いても面白くない。
読者は悪人、性悪女の登場を期待し、世間にはバイオレンス、閨の秘め事も暴く
小説が溢れている。

でも、わたしの小説には三冊とも、それらは書けなかった。



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白秋マダム

Author:白秋マダム
 
海外生活17年間の思い出と、
時事雑感、日々の暮しについて
エッセイを書いています。

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