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戦争とマフラー




マフラーを巻いていると「ああ幸せ!」って思いませんか?




それより小さい布でバンダナというものがある。

バンダナ と聞くと頭に巻くものを想像するが、広辞苑では
  
   「絞り染め」の意のヒンディー語から

   赤や青などの地色に、草花や勾玉のような白い模様を染め抜いたスカーフ

   またはハンカチーフ。

   現在は原色を多用したプリント柄が多い。


とあり、大きさは普通50センチ角で、それ以上のものもある。




アメリカ映画でカウボーイや騎兵隊の隊員たちが 首に巻いているのは

ご存知のとおり。

この布は優れもので、実用品であり、必需品でもあった。

タオルの代わり、止血用、包帯、砂塵が舞い上がるときにはマスクにも。


カウボーイ



日本では「特攻隊」員たちが白いマフラーを同様の品として使用していた。

特攻隊とは〔「特別攻撃隊」の略〕第二次大戦中、爆弾を積んだ飛行機などで

敵艦に体当たり攻撃を行うために編成した部隊につけた名。

「神風特攻隊」などと呼ばれた。




夫の叔父がこの隊員だった。

霞ヶ浦で待機し、飛ぶ直前に終戦となった。

後の話によると、上官が戦争が終わると知っていて、理由をつけて飛行を

延ばしていたのだと。




最後の面会に行った義母は「弟が太っていたので驚いた」と言った。

これまでということで、腹いっぱい食べさせてもらったのだそうだ。




終戦時は上官によって対処が異なり、人の運命が左右された。

母方の叔父の話では、フィリピンで終戦となり、帰国できたが、他の部隊で

上官が頑なに帰国を拒否して全滅したという。




また義父方の叔父は終戦後シンガポールに残され、通訳として働いた。

わたしの父は中国で終戦を迎え、1年後に上海に集結して引き揚げてきた。




身近にこんなに多くの人たちが直接戦争に関わっていたのだ。

平穏無事な毎日があるならば、もうそれだけで充分!

朝のドラマ「カーネーション」を観ながら、時節柄マフラーと結び付けての一言でした。







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非公開コメント

No title

本当ですね~。。
戦争を体験した方達の熱意や
優しさ、強さはただ者ではないと聞いた事があります
実際に戦争を知らない私たちは
こうやって戦争についてのお話を聞けるのがとても
ためになるんですよ!

いつもありがとう!マダム♪

ぼるんちゃん

> 本当ですね~。。
> 戦争を体験した方達の熱意や
> 優しさ、強さはただ者ではないと聞いた事があります
はら(月へんに土と書く)が据わっていますよね。
父が逝ったときに戦争を知る人がまたいなくなった、、、と思いました。
と同時に 古きよき時代の日本人気質も失われたと。

> こうやって戦争についてのお話を聞けるのがとても
> ためになるんですよ!
ありがとう!!!

No title

戦争の話というと思いだすのは、予科練に志願して終戦の少し前に戦死したと聞く伯父(母の兄)の話。最期はフィリピンだったとか・・・18才だったそうです。
もう、戦争の話を聞かせてくれる方がずいぶん減ってきましたね。
街で傷痍軍人さんを見かけた体験を持つ人さえも少なくなっているでしょうし・・・

こうやって思い起こさせていただいて感謝します。

震災のことも戦争のことも 忘れてはいけない事がありますね。


しばらくお邪魔できていませんでした。お邪魔できなかった加山さんの記事を見つけ、マダムも憧れておられたのかしら・・・^m^
と、うれしくなってしまいました。

ぽけっとさま

> 街で傷痍軍人さんを見かけた体験を持つ人さえも少なくなっているでしょうし・・・
お祭りのときに立っているのを見て、子供心にいたく衝撃を受けたものです。

> 震災のことも戦争のことも 忘れてはいけない事がありますね。
どんどんと問題が大きくなっていくようで、国と東電の責任の重さに驚くばかりです。

> しばらくお邪魔できていませんでした。
今年もキルト展にいらっしゃいました?
手芸やお菓子作り、お庭の世話とお忙しく、有意義にお過ごしなのでしょうね。

>お邪魔できなかった加山さんの記事を見つけ、マダムも憧れておられたのかしら・・・^m^
映画はあまり観ていないのですが、何しろ「幸せだな~」の頃は、あの歌を聞くだけで
目がハートになっていたものです。e-266

No title

私の養父は4年間シベリアで抑留されておりました。
かえって来た時には
養母は他の人と結婚してしまっていて
お墓もできていたので大変だったようです。

その時のことは語ってはくれませんでした。

ただ養母が亡くなった時に見つかった手紙が
その相手の方だったのだろうと察しがつきましたが。。

戦争の怖さですね。。

ちわわんさま

こんにちは、ちわわんさん。
> 私の養父は4年間シベリアで抑留されておりました。
> かえって来た時には
> 養母は他の人と結婚してしまっていて
> お墓もできていたので大変だったようです。
ここまで読んでも、背景をいろいろと想像し、時代を考えさせられました。

> その時のことは語ってはくれませんでした。
思い出すのも嫌なようですが、でも決して忘れられない事実なのでしょうね。

> ただ養母が亡くなった時に見つかった手紙が
> その相手の方だったのだろうと察しがつきましたが。。
でも、、、、私、よく理解できません、関係が。(苦笑
では ちわわんさんは養女なのですか?
あの時代、どちらの家庭にもいろんな事情がありましたね。
友だちの家にも、訳ありの誰かが同居していましたし、、、、。

> 戦争の怖さですね。。
時代は遠ざかる。
ちわわんさんをとても身近に感じられるようになりましたよ。

No title

私は4箇所身内の中を・・・
まあ時代だったのでしょう。。。

ちわわんさま

> 私は4箇所身内の中を・・・
明るく楽しいブログからは想像もできないバックボーンですね。
きっと思慮深い、情に厚い方なのでしょう。

> まあ時代だったのでしょう。。。
あの頃は 珍しいことではなかったようですね。
現在はお幸せなのでしょう?
そして捕まえた幸せの重みを熟知していらっしゃる、、、、。
プロフィール

白秋マダム

Author:白秋マダム
 
海外生活17年間の思い出と、
時事雑感、日々の暮しについて
エッセイを書いています。

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